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経理でAIを使う前に、統制まわりで整理しておく論点

経理でAIを使ってよいかを最終的に評価するのは、現場ではなく監査法人や内部監査部門です。現場が着手前にやるべきことは、承認者と承認の対象、承認者に見せる根拠、記録の残し方、モデル変更の管理の4点を1枚にまとめ、具体的な設計案として相談に持ち込むことです。決算が落ち着いた頃に「AIで効率化を」という指示が出て、統制上どこまで許容されるかが分からず止まる場面は珍しくありません。止まる原因の多くは、判断材料が揃っていないことにあります。この記事では、4つの論点ごとの判断基準に加えて、そのまま使える整理シート、判定表、相談までの手順、相談メモを下書きさせるプロンプトを載せます。

会議机に置かれた資料とノートパソコン

01判断するのは現場ではありません

内部統制上の評価は、統制の設計と運用の両面から行われます。処理が正しく行われているかだけでなく、その仕組みが適切に設計され、意図したとおりに運用されているかが問われます。評価の主体は監査法人や内部監査部門であり、現場が「この使い方なら問題ない」と結論づけられる性質のものではありません。

したがって、この記事の項目を満たしたからといって、統制上の問題がないことにはなりません。ここで整理するのは、相談の際に確認されやすい観点です。実際の可否は、自社の統制環境と監査人の判断によって変わります。

この整理を先にしておく価値は、実際の不備の中身に表れています。東京商工リサーチの「2025年度 全上場企業『内部統制不備の開示企業』調査」(2026年5月14日公表)によると、2025年度に内部統制の不備を開示した上場企業は41社、42件でした。そのうち15社が、原因として関連部門の人材不足または担当者の知識不足を挙げています。人が足りない状態で新しい仕組みを入れると、統制の側で先に無理が出ます。

02承認の所在を先に決める

AIが出力した内容を、誰が承認するのかを決めます。承認者が決まっていない状態で運用を始めると、後から責任の所在を再構成することになり、確認に手間がかかります。決め方の基準は、AIを使う前にその処理を確定させていた人が誰かです。仕訳の確定権限を持つ人が、AIの提案についても承認者になるのが自然な置き方です。

承認の対象も明確にします。AIの提案をそのまま採用する場合と、修正して採用する場合では、承認の意味が変わります。どちらも記録に残る形にしておくと、後から辿れます。却下した提案を消してしまう運用も、判断の経緯を追えなくするため避けます。

  • 誰が承認するかを運用開始前に決める(役職と氏名まで)
  • 提案の採用と修正後の採用を区別する
  • 却下した提案も理由とともに残す
  • 承認の事実を記録に残す

03承認が実質的に行われる形か

承認の記録があっても、承認者が内容を確認できない形で情報が渡っていれば、実質的な統制として機能していないと評価される可能性があります。何を根拠にその結論になったのかが承認者に見えているかを確かめます。

たとえば勘定科目の判定をAIが提案する場合、提案だけでなく、参照した取引内容や過去の類似処理が併せて示されているかどうかで、承認者が確認できる範囲が変わります。承認の件数を増やせば安全になる、とは限りません。放射線科医27名がAIの示唆つきで乳房画像50症例を読影した研究(Dratsch T ほか、Radiology、2023年5月2日、DOI 10.1148/radiol.222176)では、AIが誤った提案を出したとき、経験の浅い群の精度は79.7%から19.8%へ落ちました。最も経験の長い群(平均10.8年)でも82.3%から45.5%まで落ちています。医療の実験なので業務にそのまま当てはまるわけではありませんが、確認する対象が増えると1件あたりの確認が薄くなるという傾向は、承認の設計をするうえで頭に入れておく価値があります。

具体的には、承認者1人が確認に使える時間の中で、1件ずつ根拠を開いて読める件数に収まっているかを見ます。収まらない場合は、金額や取引先で確認の深さを分ける設計を検討し、その分け方自体を相談の材料にします。

確認に必要な情報が揃っているかは、実際に承認を担う人に見てもらうのが確実です。設計段階で想定するより、運用者の感覚のほうが正確なことが多くあります。下の判定表は、承認と記録の設計を見直すときに使えます。

判定表:承認と記録の設計を見直す
確認すること満たしている状態見直しが要る状態
承認者役職と氏名が運用開始前に決まっている「担当者が確認する」としか書かれていない
承認の対象提案そのままの採用と、修正後の採用を区別して記録する採用したかどうかだけが残る
承認者に見える根拠元の取引内容と過去の処理が、提案と同じ画面に出る提案の結論だけが一覧で並ぶ
1人あたりの確認量確認に使える時間の中で、1件ずつ根拠を見られる量に収まる件数が多く、一括で承認するしかない
記録入力、出力、人の判断が、上書きされずに時系列で残る修正後の内容だけが保存される
変更管理モデルや指示文の変更日と内容が台帳に残るいつ変わったかを誰も答えられない

04AIポリシーがあっても統制が効かない理由

承認の手続きがあっても、中身を見ずに承認しているだけのことがあります。AIの利用でも同じことが起きています。AIポリシーは定めてあっても、どの情報を入力してはいけないかを全員が把握しているとは限りません。ポリシーが改訂されても、現場には追いつくための工数がないからです。

その結果、現場の反応は分かれます。入力してはいけない情報をAIに入れてしまう人がいます。リスクを恐れてAIを使わない人もいます。会社が認めていないAIを個人で使う人も出てきます。最後の状態はシャドーAIと呼ばれます。どの反応も、ポリシーが文書として存在するだけでは統制が効かないことを示しています。

統制の強さにも加減が要ります。統制を強くしすぎると業務の効率が落ち、結局は使われなくなります。現実的なのは、業務の効率と改善を主に置き、開示や法令が求めるデータの正確性、網羅性、妥当性を担保する分だけを最低限の統制として足す進め方です。

05後から辿れる形になっているか

処理の根拠を後から確認できるかは、評価の場面でよく問われます。いつ、どのデータを参照し、どのような出力があり、人がどう判断したかが、時系列で追える状態になっているかを確かめます。記録が要るのは、人が見ていれば気づけるとは限らないからです。参加者100名超がAIエージェントと約5時間の共同作業を行った研究(Ye J ほか、arXiv:2606.05647、2026年6月4日)では、94%の参加者がエージェントの仕込んだ問題を検出できませんでした。監視ツールを与えた条件でも、56%が警告を無視してその出力を受け入れています。後から辿れる記録は、その場で気づけなかったときの唯一の手がかりになります。

AIの出力を上書きして保存する運用では、元の提案が残りません。修正の前後を分けて保持しておくと、判断の経緯を説明しやすくなります。記録する項目は、入力データ、AIの出力、人の判断(採用、修正、却下)、修正後の内容と理由の4つに分けると、相談の場でも説明しやすくなります。

  • 参照データ、出力、人の判断を分けて保持する
  • 上書きせず、修正の前後を残す
  • 判断した人と日時を記録する
  • 時系列で追える形にする

06挙動が変わったときに気づける形か

AIの動作は、モデルの更新や設定の変更によって変わることがあります。変更の事実と時期が記録されていない場合、ある時期以降の処理結果が変わった理由を説明できなくなります。AIに渡す指示文を書き換えた場合も、変更として扱います。

変更を管理する仕組みは、既存のシステム変更管理と同じ考え方で整理できることが多いため、社内に前例があればそこに合わせるのが早道です。あわせて、変更の前後で結果を見比べる方法を決めておきます。過去の処理から抜き出した例を固定しておき、変更のたびに同じ例で提案が変わっていないかを確かめると、挙動の変化に気づく手段を運用の中に持てます。

07そのまま使える整理シート

ここまでの4つの論点を、相談に持ち込める1枚にまとめるための雛形です。空欄が残った項目は、そのまま相談で確認したいことになります。埋まらない欄を無理に推測で埋めず、空欄のまま持ち込むほうが話は早く進みます。

対象業務は1つに絞って書きます。複数の業務をまとめて書くと、承認者や記録の場所が業務ごとに違うため、シートの記述があいまいになります。

記入するのは、AIを使う業務の担当者と、その業務の承認者の2人が適しています。担当者だけで書くと、承認者に見せる根拠の欄が担当者の想定で埋まり、実際の承認の場面とずれることがあります。書き終えたら、内部統制の評価を担当する部署の人にも一度目を通してもらい、社内の既存の文書(業務記述書や職務分掌)と食い違う箇所がないかを確かめておくと、相談の場で説明が止まりにくくなります。

AI利用の統制整理シート(雛形)

# AI利用の統制整理シート(相談用) ## 1. 対象業務 - 業務名: - AIに任せる範囲(提案まで/下書きまで など): - AIに任せない範囲: - 件数の目安(例として記入): ## 2. 承認

項目記入欄
承認者(役職)
承認の対象(提案そのまま/修正後)
承認のタイミング
承認者に見せる根拠
差し戻しの扱い

## 3. 記録

残すもの保存場所保存の形(上書きしない)
AIに渡した入力データ
AIの出力(提案)
人の判断(採用/修正/却下)
修正後の内容と理由

## 4. 変更管理 - 使っているモデルと設定の控え: - モデル更新や設定変更を記録する場所: - 変更後に結果を見比べる方法: - 既存のシステム変更管理との関係: ## 5. 相談で確認したいこと - -

08記入例:請求書の勘定科目判定

以下は架空の例です。受領した請求書について、AIが勘定科目と税区分を提案し、経理担当者が承認して仕訳を確定する業務を想定しています。件数や例の数は記入の仕方を示すための例であり、実在の企業の数値ではありません。

この例で見てほしいのは、AIに任せない範囲を先に書いている点と、却下した提案も消さずに残す設計にしている点です。また、5の「相談で確認したいこと」には、現場では決められない論点だけを書いています。

4の変更管理では、変更前の月の請求書から例を抜き出して固定し、変更のたびに同じ例で提案を見比べる方法を書いています。この方法なら、モデルの更新がベンダー側で起きた場合でも、自社の業務で結果が変わったかどうかを自社で確かめられます。例の数は業務の件数や取引先の種類に合わせて決めるもので、この記入例の数に合わせる必要はありません。

記入例(架空)

# AI利用の統制整理シート(記入例:架空) ## 1. 対象業務 - 業務名:受領した請求書の勘定科目の判定 - AIに任せる範囲:勘定科目と税区分の提案、根拠の提示まで - AIに任せない範囲:仕訳の確定、支払の承認 - 件数の目安(例):月あたり約200件 ## 2. 承認

項目記入欄
承認者(役職)経理課の主任(仕訳の確定権限を持つ人)
承認の対象(提案そのまま/修正後)両方。画面上で「そのまま採用」と「修正して採用」を分けて選ぶ
承認のタイミング仕訳を会計システムへ登録する前
承認者に見せる根拠請求書の明細、取引先の過去3回分の処理、AIが選んだ理由の文章
差し戻しの扱い却下した提案も消さずに残し、理由を1行書く

## 3. 記録

残すもの保存場所保存の形(上書きしない)
AIに渡した入力データ請求書の画像と読み取り結果受領時点の版を保存
AIの出力(提案)判定ログ提案ごとに日時つきで追記
人の判断(採用/修正/却下)判定ログ承認者名と日時を記録
修正後の内容と理由判定ログ修正前の提案と並べて保存

## 4. 変更管理 - 使っているモデルと設定の控え:モデル名、指示文の版番号を台帳に記載 - モデル更新や設定変更を記録する場所:システム変更管理台帳 - 変更後に結果を見比べる方法:変更前の月の請求書から抜き出した例30件で、提案が変わったかを確認 - 既存のシステム変更管理との関係:同じ台帳と同じ承認手続に乗せる ## 5. 相談で確認したいこと - 修正率が高い取引先を、全件確認の対象に固定すべきか - 判定ログの保存期間を、仕訳の証憑と同じにしてよいか

09相談の持ち込み方

以上の4点を整理したうえで、監査法人または内部監査部門に相談します。「AIを使ってよいか」という聞き方より、「この業務のこの範囲で、承認をこう置き、記録をこう残す前提で検討している」と具体的に示すほうが、確認が進みやすくなります。

相談の結果、想定した設計に修正が入ることもあります。運用を始めてから指摘を受けるより、着手前に調整するほうが手戻りは小さく済みます。統制の観点でAI導入が止まる原因は、危険だからというより、判断材料が揃っていないことにあります。

どの領域を見られやすいかは、開示された不備の内訳から推測できます。前掲の東京商工リサーチ調査では、42件のうち「決算・財務報告プロセス」の不備が21件(50.0%)で最多、全社的な内部統制の不備が19件(45.2%)と続きました。業務プロセスの不備は2件(4.8%)です。決算まわりに手を入れる場合は、この分布を踏まえて材料を用意すると話が早く進みます。

相談メモの下書きは、記入済みのシートをAIに渡して作らせることもできます。その場合も、統制上の可否を判断する言い回しを入れさせないことが大切です。業務そのものをどう切り出すかから整理したい場合は、業務棚卸のやり方や経理の属人化を解消するロードマップもあわせて参照してください。

相談までの手順
  1. 対象業務を1つに絞る

    AIに任せる範囲と任せない範囲を、整理シートの1に書きます。

  2. 承認者と承認の対象を決める

    役職と氏名、提案そのままの採用と修正後の採用の区別、却下時の扱いを決めます。

  3. 承認を担う人に画面を見てもらう

    根拠が足りているか、確認に使える時間で読み切れる件数かを、実際の承認者に確かめます。

  4. 記録と変更管理の置き場所を決める

    入力、出力、人の判断を上書きせずに残す場所と、モデルや指示文の変更を記す台帳を決めます。

  5. 判定表で見直し、空欄を質問にする

    見直しが要る状態に当たる項目と、シートの空欄を、相談で確認したいことに書き出します。

  6. 運用開始前に相談する

    シートと相談メモを添えて、監査法人または内部監査部門に持ち込みます。

そのまま使えるプロンプト相談メモを下書きさせるプロンプト
あなたは上場企業の経理部門で内部統制を担当する担当者の補助役です。
以下の「AI利用の統制整理シート」をもとに、監査法人または内部監査部門へ送る相談メモの下書きを作ってください。

条件:
- 冒頭3行で、対象業務、AIに任せる範囲、相談したいことを書く
- 承認、記録、変更管理の3つに見出しを分け、シートの記入内容だけを使う
- シートに書かれていないことは補わず、「未記入」と明記して最後に一覧にする
- 統制上の可否を判断する表現(問題ない、適切である など)は使わない
- 敬体で、A4で1枚程度に収める

シート:
(ここに記入済みのシートを貼る)

AIが書いた下書きは、送る前に必ず担当者が読み直してください。シートにない内容が足されていないかを確かめます。

KEY TAKEAWAYS

実装に持ち帰る要点

  • 統制上の評価を行うのは監査法人や内部監査部門であり、現場は判断材料を揃える役を担う
  • 承認者を役職と氏名まで決め、提案そのままの採用と修正後の採用を区別して残す
  • 承認者が1件ずつ根拠を読める量と画面になっているかを、実際の承認者に確かめる
  • 入力、出力、人の判断を上書きせず時系列で残し、モデルや指示文の変更を台帳に記録する
  • 整理シートの空欄は、そのまま相談で確認したいことになる

FAQ

よくある質問

この記事の項目を満たせば統制上問題ありませんか?

そうとは限りません。統制の評価は自社の統制環境全体と監査人の判断によって決まります。この記事は相談の際に確認されやすい観点を整理したもので、可否を判定するものではありません。

監査法人にはどの段階で相談すべきですか?

設計の方針が固まり、運用を始める前が目安です。対象業務、承認の置き方、記録の残し方を示せる状態であれば、具体的な確認が進みます。着手後の相談は手戻りが大きくなります。

AIの提案は全件を人が確認する必要がありますか?

どこまで確認するかは、監査人と合意して決める事項です。全件確認が現実的でない件数なら、金額や取引先で確認の深さを分ける案を作り、その分け方を相談の材料にします。現場の判断だけで確認を省く運用は避けます。

チャット型の生成AIで下書きを作るだけでも、記録は必要ですか?

その下書きが仕訳や開示の数字に使われるなら、何を入力し、何が出力され、誰がどう直したかを残しておくと説明しやすくなります。必要な範囲は業務によって変わるため、整理シートの5に質問として書いて相談します。

モデルの更新はベンダー側で起きます。自社で何を記録すればよいですか?

使っているモデル名、AIに渡す指示文の版、変更に気づいた日と内容を台帳に残します。あわせて、過去の処理から抜き出した例で変更前後の提案を見比べる手順を決めておきます。既存のシステム変更管理の台帳に乗せられるかも確認します。