01なぜツール選定より 先に 可視化が 要るのか
AIを業務に入れる判断は、ツールの機能比較ではなく業務の構造を知ることから始まります。総務省の令和7年通信利用動向調査によると、従業者100人以上の企業でIoTやAIのシステム、サービスを導入している割合は27.3%で、前年から8.9ポイント増加しました。導入が急速に広がっている一方で、総務省の令和7年版情報通信白書では、何らかの業務で生成AIを利用していると回答した企業は55.2%にのぼります。この2つの数字の差は、ツールの利用と業務への組み込みが別物であることを示しています。さらにIPAのDX動向2025では、何らかの形でDXに取り組んでいる日本企業は77.8%にのぼる一方、成果創出の度合いは企業ごとに大きな差があると報告されています。導入率や取組率が高い数字だけを見て安心していると、実際の業務に落とし込む段階でつまずきます。
ツールを先に選ぶと、既存の業務フローのどこにAIを当てはめるかを後から考えることになります。しかし、業務フローを先に可視化しておけば、AIを入れるべき工程と、人が判断すべき工程を切り分けられます。順序を間違えると、AIに向かない工程に無理にAIを当てはめることになります。これが「導入したのに使われない」の主因です。この構造は、生成AIを組み込んだ次世代の社内ワークフロー構築手法で扱った、ワークフロー設計の起点がツールではなく業務構造であるという考え方とも重なります。
02属人化の 実態を 数字で 見る
可視化が必要な理由は、属人化が一部の企業だけの問題ではないからです。株式会社SMBが建設業と製造業の管理職1,021人を対象に行った調査では、7割以上が「属人化している業務がある」と回答しています。情シス部門に限っても、株式会社バッファローの調査で29.7%が業務の属人化を悩みとして挙げました。さらにBLP合同会社が行った調査では、従業員1,001名以上の企業における属人化率は92.81%で、回答者の約8割が業務の非効率を実感していると報告されています。
これらの数字が示しているのは、属人化は企業規模や業種を問わず広く存在するという事実です。属人化している業務は、担当者の頭の中にしか手順がなく、AIに学習させる元データも存在しません。つまり、AIを入れる前に「その業務の手順が言語化されているか」を確認する作業が要ります。この確認作業そのものが、業務可視化の第一歩です。従業員規模が大きい企業ほど属人化率が高いという調査結果は、組織が大きくなるほど業務が細分化され、個々の担当者しか全体像を把握していない状態が生まれやすいことを示唆しています。
製造業の現場では、属人化とAI活用の両立がより切実な課題になっています。現場主導でAI活用を進める際の考え方は、製造業におけるAI伴走型オペレーションモデルへの転換で詳しく扱いました。現場の担当者が主導権を持って進める場合に外せない条件は、現場主導のAXを成功させる3つの条件にまとめています。属人化対策として作成した引き継ぎ資料が、結局使われなくなっていく構造については、属人化対策で作った資料は、なぜ使われなくなるのかも参考になります。資料を作ること自体が目的化すると、可視化の効果が長続きしません。
03業務可視化の 手順。 プロンプトと 進め方
業務可視化は、担当者本人に業務を書き出させる作業から始めます。本人が「当たり前」と思っている手順ほど、言語化されずに抜け落ちます。そこで、生成AIを使って手順の聞き出しを支援する方法が有効です。AIに業務のインタビュアー役をさせることで、担当者が言語化しにくい判断基準まで引き出せます。以下は、そのまま使えるプロンプトです。
聞き出した内容は、工程ごとに「人が判断している部分」と「ルールが決まっている部分」に分けます。後者がAI導入の候補工程です。前者は、判断基準自体を明文化できるかどうかをさらに検討します。判断基準が明文化できる場合でも、例外対応の頻度が高い工程はAI化の優先順位を下げる方が安全です。例外が多い工程は、AIに任せた結果を人がチェックするコストが、AI化による削減効果を上回ることがあります。
この聞き出し作業は、一度やって終わりにするものではありません。業務のやり方は半年、1年の単位で変わっていきます。工程表は固定の資料ではなく、定期的に見直す前提で作る方が、長く使えるものになります。
工程の聞き出しを進めるときは、担当者が「説明しにくい」と感じる部分ほど丁寧に掘り下げる必要があります。言葉にしづらい判断ほど、実は属人化の核心であることが多いからです。たとえば経理の属人化を解消する取り組みでは、統制強化とAIエージェント導入をセットで進めるロードマップが有効とされています。具体的な進め方は、経理の属人化を解消する:統制強化とAIエージェント導入のロードマップで扱っています。聞き出しの型を1つの部署で作っておくと、他部署に展開するときの負荷が下がります。
あなたは業務フロー分析のインタビュアーです。これから私が担当している[業務名]について、以下の順番で質問してください。一つずつ聞き、私が答えたら次に進んでください。 1. この業務は誰から依頼を受け、何を納品しますか 2. 着手から完了までの工程を順番に教えてください 3. 各工程で、何を見て、何を判断していますか(判断基準を具体的に) 4. 過去に例外的な対応をしたケースを教えてください。その時どう判断しましたか 5. この業務のうち、あなたしかできないと思う部分はどこですか、それはなぜですか 全ての回答が終わったら、工程表の形式(工程名、入力、判断基準、出力、担当者以外にできるか)でまとめてください。
[業務名] を経理、人事、営業、企画などの実際の業務名に差し替えて使ってください。1回のセッションで1つの業務に絞ると精度が上がります。
04経理、 人事、 営業、 企画。 職種横断で 見る適用設計
業務可視化は一部署で終わらせず、職種横断で行うことで初めて効果が出ます。経理では、仕訳入力や証憑突合のようにルールが明確な工程がAI向きです。一方で、与信判断や支払優先順位の決定は、人の判断が残る工程として切り分けます。経理でAIを使う際の統制論点は、経理でAIを使う前に、統制まわりで整理しておく論点と、経理の属人化を解消する:統制強化とAIエージェント導入のロードマップで詳しく扱っています。
人事では、応募書類のスクリーニングや勤怠データの集計がAI向きの工程です。ただし、採用可否や評価、解雇に関わる最終判断をAIに委ねるかどうかは、慎重な検討が要る論点です。AIの最終判断権限をどこまで残すかは、人事以外の職種でも同じ構造で問われます。最終判断の主体を人に残す設計を先に決めておくべきです。
営業では見込み客の優先順位付けや提案資料のドラフト作成、企画では市場データの要約や競合分析の下調べが、AIに任せやすい工程です。いずれの職種でも共通するのは、最終承認や例外対応を人が担う構造を先に決めてから、AIを当てはめる工程を選ぶという順序です。
営業や企画のように数字の説得力が問われる部署では、AI活用の成果を金額で語る場面が増えています。ただし、削減額の見積もりは出し方を誤ると説得力を失います。この点は、「で、いくら?」で潰される削減見積もりの直し方で扱った論点とも関係します。工程を可視化した段階で、効果をどう測るかまで合わせて決めておくと、後の社内説明が楽になります。
部署をまたいで工程表を並べてみると、同じような判断を複数の部署が別々のやり方で行っていることに気づくことがあります。たとえば、与信判断と投資判断は部署が違っても判断の構造が似ている場合があります。こうした共通点を見つけておくと、AI導入の優先順位をつける際に、単独の部署だけでなく全社としてどこから着手するかという判断がしやすくなります。部署ごとに工程表のフォーマットがばらばらだと、この横並びの比較ができません。最初の段階で、工程名、入力、判断基準、出力という共通の項目立てを決めておくことが、職種横断の比較を可能にする前提条件になります。
- 経理: 仕訳入力、証憑突合はAI向き。与信判断、支払優先順位は人の判断を残す
- 人事: 書類スクリーニング、勤怠集計はAI向き。採用可否、評価、解雇の最終判断は人が担う
- 営業: 見込み客の優先順位付け、提案資料のドラフトはAI向き。価格交渉の最終決定は人が担う
- 企画: 市場データの要約、競合分析の下調きはAI向き。投資判断、戦略の意思決定は人が担う
05実例に 見る、 可視化を 終えた 先の 導入効果と 統制設計
業務可視化を終えた企業が、どこまでの効果を出しているかを実例で見ます。NTTドコモは、リベート照合を自動化するAIエージェント「RebateX」をスピンアウトさせ、提供を開始しました。照合という定型化しやすい工程を切り出してAI化した事例と考えられます。また、ソニー銀行は富士通とAWSジャパンと共同で、勘定系システム開発に生成AIを適用し、工数を40%削減したと報じられています。いずれも、業務工程を切り分けた上で特定の工程にAIを当てはめた結果です。
一方で、どの工程にAIを使うかを決めた後は、データの扱いとアクセス権限の設計が必要です。誰がどのデータにアクセスし、AIの出力を誰が承認するかを決めずに導入すると、内部統制上の空白が生まれます。この統制設計については、経理でAIを使う前に、統制まわりで整理しておく論点で工程ごとのチェックポイントを整理しています。
モデルの性能や料金が変わると、どの工程にAIを当てはめるかの判断も変わります。工程表を作っておけば、どの工程にどの水準のモデルを当てるかという判断も、料金や提供条件が変わるたびにゼロから考え直すのではなく、既存の分類に沿って機械的に見直せます。
06可視化の 後に 決める、 データ管理と 承認の 設計
業務可視化の次にやることは、データの保管場所とアクセス権限、AI出力の承認フローを決める作業です。工程表ができた段階で、各工程について「どのデータを使うか」「そのデータは誰が見られる状態になっているか」「AIの出力を誰が最終確認するか」を書き出します。これらが決まっていない状態でAIを導入すると、後から権限設計をやり直すことになり、現場の運用が止まります。
データ管理と意思決定を即時に連結する設計思想については、Deltalyze Platformが目指す、データと意思決定の即時連結で解説しています。現場主導でAI導入を進める際に外せない条件は、現場主導のAXを成功させる3つの条件にまとめました。属人化対策として作った引き継ぎ資料が使われなくなる理由は、属人化対策で作った資料は、なぜ使われなくなるのかで扱っています。業務可視化の工程表と、このガバナンス設計はセットで行うべきです。
権限設計は、導入後に見直しが入ることも前提にしておく必要があります。AI提供側の仕様変更は、導入企業側の統制設計にも影響します。企業向けAIサービスは機能や提供範囲が変わることがあり、こうしたアップデートは業務に使う前に確認すべき点を伴います。ベンダー側の製品仕様の変更が、業務フロー側の確認事項を増やすケースは珍しくありません。承認フローを1つのツールやベンダーに強く依存させず、工程表側で判断基準を持っておくことが、長期的な運用の安定につながります。
- 1. 使用データの棚卸し
工程表の各工程について、使用するデータの種類と保管場所(ファイルサーバー、クラウドストレージ、基幹システムなど)を
コード形式の項目名で書き出します。 - 2. アクセス権限の確認
そのデータに現在誰がアクセスできるかを確認し、AI導入後にアクセス権限を広げる必要があるかを判断します。権限は広げる前に必ず承認者を決めます。
- 3. 承認フローの明文化
AIの出力を最終的に誰が確認し、誰が承認するかを工程表に追記します。承認者が決まっていない工程は、AI導入の対象から一旦外します。
07モデルの 選定と ベンダー動向を どう 工程表に 反映するか
工程表を作った後も、どのモデルをどの工程に当てるかという判断は一度で終わりません。新しいモデルが発表されるたびに、性能と料金のバランスを見直す必要があります。常時稼働型のエージェントのように、人の監督なしに継続して動く仕組みは、工程表のどの工程に当てはめるかを慎重に検討すべき対象です。また、最高性能をうたうモデルが発表されても、提供形態によっては全工程に適用できるとは限りません。料金体系や対象業務が明示される発表は、工程表のどの部分に当てはめられるかを確認する材料になります。
ベンダー側の経営判断も、導入企業の計画に影響します。サービスの継続性や投資の方向性を見極める材料として、AI企業の経営方針に関する動向は押さえておく価値があります。特定ベンダーへの依存度が高い工程ほど、提供側の方針変更による影響を受けやすくなります。人事領域では、AIの最終判断権限をどこまで人に残すかという論点が、法規制の形で具体化し始めている地域もあります。工程表を作る段階では見えにくいこうした外部要因も、定期的な見直しのタイミングで確認しておくと、AI導入の計画が特定のベンダーや単一の規制動向に振り回されにくくなります。
08次に やる こと
この記事を読んだ次の一手は、自社の業務を1つ選んで工程表を作ることです。経理でも人事でも営業でも企画でも構いません。まず1つの業務について、上のプロンプトを使って手順を聞き出し、工程ごとに「AI向き」か「人の判断が残る」かを分類してください。
工程表ができたら、その工程表を使ってデータの棚卸しと承認フローの確認に進みます。ツールの比較はその後で構いません。業務可視化を先に終えた企業ほど、AI導入後に「使われない」という結果を避けられると考えられます。
SOURCES
出典と参考資料
- 総務省「令和7年通信利用動向調査の結果」(2026-05-29)
- 総務省「令和7年版情報通信白書 企業におけるAI利用の現状」(2025-07-08)
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025 日米独比較で探る成果創出の方向性」(2025-06-26)
- 株式会社SMB「「人材不足と業務の属人化」に関する調査」(2025-01-29)
- 株式会社バッファロー「情シス業務の外部委託に関する実態調査」(2024-09-18)
- BLP合同会社「属人化と人手不足の実態に関する独自アンケート調査」(2025-06-10)
- BizAIdea「ソニー銀行が富士通、AWSジャパンと勘定系システム開発に生成AIを適用し工数を40%削減」(2026-09-14)
- BizAIdea「NTTドコモがリベート照合を自動化するAIエージェント「RebateX」をスピンアウトし提供開始」(2026-09-01)
KEY TAKEAWAYS
実装に持ち帰る要点
- AIを業務に入れる判断は、ツール比較の前に業務可視化から始める
- 属人化は企業規模や業種を問わず広く存在する。言語化されていない業務にAIの元データは無い
- 経理、人事、営業、企画など職種横断で、AI向き工程と人の判断が残る工程を先に分ける
- 可視化の後は、データ管理と承認フローを決めてからAIを導入する
FAQ
よくある質問
業務可視化は何から始めればいいですか
1つの業務を選び、担当者本人に手順を書き出してもらうことから始めます。記事内のプロンプトを使って、AIに聞き出し役をさせる方法が有効です。
全部署を一度に可視化する必要がありますか
必要はありません。まず1つの業務で工程表を作り、AI向き工程と人の判断が残る工程を分ける作業の型を作ってから、他の部署に広げる進め方が現実的です。
可視化した後、すぐにツールを選んでいいですか
工程表ができた段階で、データの保管場所とアクセス権限、AI出力の承認者を先に決めてください。これらを決めずにツールを選ぶと、後から権限設計をやり直すことになります。



